月夜の晩に ナイテ いる

眠れぬ 蝙蝠 ただ独り










†試験管のラプンツェル†




第一印象は、ウサギというよりも猛禽の類だと感じた。

それもきわめて凶暴な。









「コンニチハ、ウサギのおヒメサマ。」


「…」


白い床に、白い壁。

白い天井に、白いシーツ。


ここでは、色有るモノは、遥かに少ない。

そして、部屋の中で数少ない『色』の持ち主である女は、

ニィとその片腕に抱えられている縫いぐるみを物憂げに見やるのみ。




「ご機嫌如何、オヒメサマ?」

その台詞を作り笑いとともに吐いた瞬間に

微かにだが、彼女の端正な顔が変化する。

不愉快そうに眉を寄せ、目つきは無気力から、嫌悪と不愉快さと蔑みを湛えた鋭さを、帯びる。


「…」

けれども、彼女は何もしない。

ただ、硬いベッドにすわり、硬い壁にその背をボンヤリと預けている。


ナニをしても、無駄だということを 悟り始めたのだろう。

つまらないな、と ニィは少しだけ感じる。

けれど同時に、僅かにだが歪んだ悦びも感じる。

これで、彼女を手元における、と。

新しい玩具が、また一つ。
















数日前、玉面公主から、新たに蘇生実験の為のサンプルを捕らえた、という話を聞かされて数時間後。


『サンプル』はたちまち『新しい玩具』へと変化した。

それもきわめて興味深い。



サンプルの名前は、『』。


妖怪に捕らえられた、哀れな、囚われの ウサギの姫。







ウサギの玩具が、玩具でなくなったのは、その数日後だった。

牢獄を冷たいオブラードで包み込む。

白い研究室の隣に有る一室。


それでも、床にのた打ち回る、黒く太い無数のコードに、

人で有る限り決して届かない位置にある小さな窓と、


そこにがっちりと嵌められた、冷たく そして鈍く光る、鉄格子。



、機嫌はどう?」


「…」



反応は、なし。

だが。



「…博士。」

ニィがに近づき、彼女の華奢な体を抱きしめる時、

彼女は、反応するようになった。




嬉しそうに、が自らの名前を呼ぶ。

その声を聞くだけで、下卑た悦びにも似た、高揚感が走る。

「ん?」

返事をして、の背に腕を回す。


の白く、華奢な腕がニィの首へと回される。


鉄で出来た硬いベッドは二人分の体重に微かにだが、悲鳴を上げる。

視界に入るのは、ベッドを覆う白いシーツよりも、


もっと白く 透けそうな程のの、項。



窓から僅かに零れる、月光よりも 淫らで清楚な  彼女の皮膚。












かつて自分が始めてこの部屋を訪れた時、は笑った。


嘲笑でも諦念でもない、ただの『笑み』をその口元に、浮かばせて。

瞳だけは、硬質で、無機的なまま。


あの時、歪んだヨロコビを感じたのは、自分だけではなかったのかもしれない。


回想の中で、ふと ニィはそう感じた。


だが、ソレさえも、虚構なのかもしれない。

少なくとも、第一印象では、彼女は『獣』だったのだ。



檻に捉えられ、鎖に絡め捕らえられた、凶暴なケモノ。


だが、ケモノの瞳を持つ女だったは、次の瞬間変わったのだ、と思う。




自分の傍らで眠る、の髪を撫でながら。


ニィは静かに 口元を吊り上げる。














「ねぇ、。」


やはり、満月。

城から少し離れた丘で、ニィは独り 呟く。


。」


囚われの姫の末路を思い返しながら、ニィは話す。

の亡骸が埋まる、丘。




「囚われていたのは、どっちだったのかね。」

返事など有るわけがない。

自分だけのモノだった彼女は、実験で壊れた。


足元の土を軽く蹴る。

紫煙をゆっくりと吐き出す。

かつて、美味く感じられたソレは、なんの味も持たない。

ただの、毒の詰まった紙切れ。











。」


と関係を持つようになって、僅かに数日後。


無意味な実験も、ネタが尽きた。


価値のなくなった実験体は、ただのゴミとして廃棄、処分される。


かつて、幾度も繰り返された末路がにも訪れた。


彼女は、処分される。





、僕と一緒に逃げてみる?」





「…どうして?」






自分の名前以外で、彼女が、初めて口にした言葉。


『嗚呼。』



自分以外の誰かが、そう呟いた気がした。


「…何処へ?」


がゆっくりと呟く。

その声に感情の色は、なかった。














。」

大事な 大事な。


大切な、 僕の 玩具


大切な  僕だけの モノ


僕だけの大事な



「     」



『嗚呼。』


また誰かが呟いた気がした。




知らない。こんな自分は知らない。知るつもりも、ナイ。






「…『』…か。」



ゆっくりと夜空を仰ぐ。

底なしの黒に、交わっている、満月。




『…博士。』



の声が、蘇る。



「…あ〜あ、もう…。」

口元に浮かび、ソコから零れたのは嘲笑で



「…まいったよ、全く…」



頬を、確かに 濡らしゆくのは、



「…本当に…参ったね。…ったく。」



当に忘れた、滴。















大事な 大事な、ウサギは壊れ。


ウサギの王子は 数日後に帰ってきた。


ただ黒いだけのモニターに、ふとが消えた夜を思い出す。






途端にソレ等を打ち壊したくなる。


そして 零れる。




嘲笑と、蔑みと






「誰も彼も…光ばっか追いかけて」







後悔と嫌悪と










「虫みたいだ。」







とびきりの 憎悪を込めた。



への睦言にも似た、自嘲。

















満月の夜にすすり泣く

蝙蝠 独り

骸に思う


はらり ハラリと 泣き続き


カエシテくれと すすり泣く

無情に 美し 満月夜


ただ ただ


独り 

カエシテくれ と すすり泣く



--------------------------------------------------------------------------------

†言いワケ†

『最果ての風』の素敵管理人様でもあり、中学からの友人でもある、

華月 様への相互記念捧げ小説。またの名を押し付け夢?小説です。(マテ)

『ニィ博士 で悲恋。』でした。

毎回毎回、思うのですが、果たしてこんなシロモノで良いのでしょうか?(汗)

というかコレは夢なのか?

というか このヒトたち恋愛してます?(滝汗)

スミマセン、こんなので良ければ貰ってやってください;

ちなみに、 様のみお持ち帰り可能となっています。


2006.4/26.空夜